ソウル・世宗文化会館で上演中の韓国版MOZART!、2月6日(土)19時開演の回を観てきました。初めての韓国ミュージカルで、YouTubeの動画程度しか予備知識がない状態での観劇だったので、なかなか新鮮な体験でした。
まずやはり驚いたのは、キャストの歌唱力の高さ。あの難しい楽曲を力強い声と確かな音程で聴くことが出来、久々にWien版を思い出しました。全体的にやや感情過多で、こぶしが利いた演歌を思わせるくどさもありましたが、全てのキャストが高いレベルで歌えることや、Wolfgangを演じられる歌い手を同時に4人も揃えられる層の厚さには、感心するばかりでした。再演が予定されている東宝版でも、Levay御大の美しい音楽を歌いこなせる歌のプロを揃えて欲しいものです。
場面構成は基本的にWien版。Hamburg版の影響もあるものの、東宝版よりはオリジナルに近い感じです。特にAmadéの「奇跡の子」の場面が、Hamburg版や東宝版で使われた”Mozart! Mozart!”の重いメロディーから、Wien版CDに入っている”Was für ein Kind”(奇跡の子)の軽やかなメロディーに戻ったことは大きなプラスでした。明るく軽快な音楽が、物語が進行するにつれ、荘厳で深遠な響きに移行していくオリジナル版の構成は、Mozartの音楽が持つ二面性を非常に上手く現していたので、韓国版での復活は嬉しい限りでした。
演出も随所にWien版を思い起こさせる部分がありました。Colloredoとの2度の対決シーンは、扇状に広がりつつせり上がる可動式舞台が再現されていないことを除けば、Wienオリジナル版に非常に近い演出でした。また1幕ラストも、オリジナル版を意識した作りになっていました。アンサンブルが左右に分かれた後、舞台中央から奥に向かって突きだした跳ね橋からWolfgangが飛び降りるオリジナル版の演出の代わりに、舞台奥から照らされる光に向かって両手を左右に広げたWolfgangの姿は、磔になったキリストを彷彿とさせ、2幕への期待を大いに高めてくれました。また2幕ラストも、Amadéが単独でWolfgangの胸に羽根ペンを突き立てるWien版を踏襲していました。
衣装は全体的には東宝版に非常に近いデザインでしたが、一部韓国テイストが強烈な衣装もありました。Weber一家の服装は、原色中心の色遣い。4人姉妹はそれぞれ青や黄色、オレンジ、ピンクといった基本カラーの同系色で登場し、カツラも衣装に合わせた派手な色でした。”Irgendwo wird immer getanzt”(ダンスはやめられない)でConstanzeが纏っているショッキングピンクのガウンは、ちょっといただけなかったです。
振付はダンスがやや単調。盆やセリがないため、場面転換や俳優の舞台上での動きには、ややダイナミックさが欠けていたように思いました。
東宝版で、場面転換時にしばしば挿入されて煩わしかったつなぎの音楽や、Hamburg版や東宝版で強調されたConstanzeの「夫に顧みられない不遇の妻」というありきたりな描き方も、大半がカットされてすっきりしていました。欲を言えば魔笛の場面の前、女性達といちゃつくWolfgangの元に旅行帰りのConstanzeが現れるシーンも、Wien版に倣ってConstanzeは登場しない形にして貰いたかったですが。Wolfgangとはまた違った形で自由奔放なキャラクターだったオリジナル版のConstanzeには、天才の妻は普通の女性とは何かが違うと思わせてくれる魅力があったものです。
問題を感じたのはオーケストラと指揮。普段の観劇で指揮に不満を感じることは殆どないのですが、四角四面でメトロノームのような指揮のせいで、ロック調の音楽に躍動感が感じられませんでした。オーケストラも一部シンセサイザーで代用されていたのか、変な響きが混じっていました。また歌は音程の正確さという意味では上手いものの、”Wie wird man seinen Schatten los”(影を逃れて)のシャウトのように、Wien版CDのコピーのような歌い方が目立ちました。歌への感情の込め方も、役柄を通してというより、役の理解がまだ浅いため、演技者自身の感情がそのまま前面に出ている印象を受けました。とはいえ、今の高レベルな歌唱力に、これから磨き上げて個性を出した演技力が加われば、まさに鬼に金棒。音楽教育に力を入れている韓国ですから、これからどんどん水準が上がっていくことと思います。
東宝版はMozartという大きな存在を、観客が理解しやすいように小さな枠にまとめてしまった感がありましたが、韓国版はWien版のように断片的な場面を通して天才作曲家の人生を浮かび上がらせており、個人的にはなかなか良かったと思いました。出来れば他の3人のWolfgangも見比べてみたかったです。
韓国版 Mozart! を見てこられたんですね! あちらは "Was fuer ein Kind!" で始まるバージョンなんですか? いいなあ。私もそちらの方がずっと好きです。書かれている通り、語の進行に合ってると思います。
韓国ミュージカルの層の厚さはうらやましい限りですね。東京とソウルなら、市場規模もそう違わないんでしょうか? 私が見たのは来日・ソウル合計で3回だけですが、出演者がみんな歌がうまく若くて感心しました。
逆に言えば、日本版を見ると必ずといっていいほど、知名度だけはある歌えないアイドルや普通の俳優、役に合わない年の大御所とかが混じってるので… 「安心して聞けてよかった」 なんてことで喜んでしまえる日本のミュージカル界って、かなり間違ってるんじゃないかなと思いました。毒舌すみません m(__)m
MOZART!はHamburg版も東宝版も、オリジナルWien版とはかなり違っています。特にHamburg版は主要な歌がメロディーまで変えられてしまい、仰天するような内容になってしまっていました。東宝版は音楽的にはまだオリジナルに近いですが、Elisabethと同じように日本の観客に受け入れられるよう、独自の解釈で話が再構成されているので、残念ながらオリジナルの大事な部分は抜け落ちてしまっていると個人的には思っています。韓国語版は台詞は全然分かりませんでしたが、構成はかなり良かったので、観に行った甲斐がありました。
韓国ミュージカルは今まで全然チェックしていなかったので、向こうに行って初めて知りました。東京や大阪のように、複数の劇場で様々な演目を次々行っているようで、世宗文化会館には"Miss Saigon"と"Billy Elliot"のチラシが置かれていました。"Der Graf von Monte Christo"も4月22日から6月13日まで上演されるそうです。
ソウルは人口1000万人だそうですが、仁川広域市と京畿道を含む首都圏の人口は2200万人にもなるそうです。市場規模で言うと、東京以上かもしれませんね。もっとも韓国の物価を考えると、ミュージカルのチケットはなかなかお高いのではと思いますが。
yukitsuriさんが日本のミュージカルに対して感じられていることは、私も同感です。素人の歌を聴くためにチケットを買っているんじゃないと言いたくなりますよね。そして本当に歌える実力のある人達が、知名度や過去の栄光だけで観客を呼び込む人達がいるために、活躍の場を狭められているのが残念でなりません。