2010年7月にドイツ・Tecklenburg(テクレンブルク)の野外劇場で観た”3 Musketiere”(三銃士)。それからちょうど1年後の2011年7月、東京・帝国劇場で日本初演を迎えた東宝版「三銃士」の初日と2日目を観劇する機会を得ました。この先内容に触れているので、観劇予定の方はご注意下さい。オランダ・Rotterdam(ロッテルダム)で2003年に世界初演されたミュージカル「三銃士」は、ドイツでは2005年4月~2006年6月にBerlin(ベルリン)の Theater des Westens、2006年11月~2008年1月にStuttgart(シュトゥットガルト)のApollo Theater des SI-Centrumsで上演されました。オランダ版はDVDが出ています。「帰ってきたミレディ」(Milady ist zurück)や「クリスタルの天使」(Engel aus Kristall)はBerlin版で付け加えられたナンバーなので、DVDには収録されていません。私がドイツで観たTecklenburg(テクレンブルク)版は、2010年6月19日~8月22日の期間限定野外劇場版で、Berlin及びStuttgartでAthos(アトス)役を演じていたMarc Clearによる独自演出でした。YouTubeで”3 Musketiere Tecklenburg”で検索すると、出所の怪しい(笑)動画が観られるので、興味がある方はどうぞ。なお帝劇プログラムにスイスでも上演されたとありましたが、St. Gallen(ザンクト・ガレン)で2000年に上演されたのはGeorge Stiles作曲の別バージョンで、Rob & Ferdi Bolland版とは異なります。
もっとシリアスな話かと想像していた方はびっくりしたかもしれませんが、ダルタニャンの向こう見ずでお調子者な性格もあって、特に前半はコメディタッチで楽しい作品になっています。ダルタニャンの愛馬ジャガイモ号のピンクのリボンや、バッキンガム公爵の従者ジェイムズの怪しい所作(笑)、ダルタニャンがコンスタンスに再会した時の「ロマンス、ダンス、バカンス、プロヴァンス」の言葉遊び等は、ドイツ語版にもありました。ただ同じく山田和也氏が演出した「ダンス・オブ・ヴァンパイア」でも思いましたが、元々ギャグが多い作品とはいえ、全体としてはやや過剰でした。ここは落ち着いて観たいと思う場面でギャグが入ると、観客の笑い声で次の台詞が聞こえなかったり、流れが切れてしまいます。観客受けすると、役者さんの方もついついサービスしたくなるとは思いますが、全体のバランスがあるので、キャラクターによってはもう少し押さえてメリハリをつけて欲しいと思いました。
音楽的には難曲揃いなためか、歌える役者さんが揃っていて高レベルでした。ダルタニャンの井上芳雄さん、この役が決まったときから外見的にも性格的にもぴったりだと楽しみにしていましたが、期待通りでした! 銀橋上での殺陣の場面、ハードなアクションではあるものの、宝塚ファンの井上さん自身が楽しんでいることがよく伝わってきました。コンスタンスの和音美桜さんとのデュエット曲「すべて」(Alles)は、音楽的にもビジュアル的にも大満足! 「ウーマン・イン・ホワイト」以来大変気になっていた和音さん。Tecklenburgのコンスタンスはちょっと気が強いイメージでしたが(演じていたのはWien版”Rudolf”のMary Vetsera役、Lisa Antoni、ドイツ語版CDではSabrina Weckerlin)、和音さんのコンスタンスは可憐さと純真さの中にも強さが感じられる素敵な女性でした。しかし残念ながら、彼女を待ち受ける運命は東宝版でも変わりませんでした。お似合いのカップルだっただけに、コンスタンスを失ったときのダルタニャンの悲痛な歌声は胸に迫りました。
この作品で最も美味しいアトス役は橋本さとしさん。歌の実力を存じ上げなかったので、「クリスタルの天使」(Engel aus Kristall)が始まるまではドキドキものでしたが、とても良かったです! 初日、二日目とも歌い出しは硬い気がしましたが、特に二日目の曲の後半は、劇場中の観客の心が吸い寄せられているのが分かる、素晴らしい迫力に満ちていました。魂を吐き出すような「クリスタルの天使」、公演を重ねる毎にどんどん磨きがかかっていくことでしょう! アラミスの石井一孝さん、ポルトスの岸祐二さんとの掛け合いも息がぴったり。三人で歌う「ひとりは皆のために」(Einer für Alle)の美しさは感涙ものです! アカペラで歌いつつ退場する場面では、思わず「アンコール!」と心の中で叫びたくなったくらい。おじさま版「天使の歌声」とでも言いたくなる素晴らしさでした!
シルビア・グラブさんのアンヌ王妃は、夫であるルイ13世と、かつての恋人で今は英国の宰相となっているバッキンガム公爵との間で揺れ動く愛に思い悩む役どころ。シルビアさんの落ち着きがあるハスキーな声と愁いを帯びた上品な雰囲気が、王妃役にぴったりでした。今拓哉さんのルイ13世は、どことなくお公家さんのよう。狩りの場で客人を紹介しようとした王妃を無視したり、一人で祈りたいと王妃を追い払ったり、つれないなあと思ってしまいました。こんな扱いを受けていたら、危険を顧みずに海を渡って会いに来てくれたバッキンガム公爵の方になびいてしまっても仕方ありません(笑)。バッキンガム公爵の伊藤明賢さん、王妃とのデュエットはやや弱かったですが、王妃を訪ねた直後、ロシュフォール達に襲われそうになった瞬間に、案内役のコンスタンスをさっと背後にかばった動作が素敵でした。坂元健児さん演じる従者のジェイムズは、公爵のこのダンディーさに惚れてるのかも!?
剣の名手ロシュフォール役の吉野圭吾さん、悪役になっても相変わらず華やかです。軽やかで美しい身のこなしは、敵味方入り乱れての殺陣の中でも際だっていました。銀橋での井上ダルタニャンとの一騎打ちは見応えがありました。ただロシュフォールはニヒルで渋めなキャラで通して貰いたかったので、ラストの枢機卿を追いかけていくところはもっとあっさりして欲しかったです。ロシュフォールと共にダルタニャンと三銃士の前に立ちはだかるのは、女スパイのミレディ。瀬奈じゅんさんは、宝塚と東宝のエリザベート役でしか観たことがなかったので、ミレディは想像がつかなかったのですが、(失礼ながら)意外にも大変良かったです! さすが元男役、黒い衣装と革のブーツ姿で颯爽と歩く姿が格好良く、剣さばきも慣れたもの。声質もミレディの曲に合っていました。「男なんて」(Männer)はやや大人しめに見えたので、元タカラジェンヌなことはこの際忘れて、もっとねっとりセクシーに迫って下さい! 山口祐一郎さんのリシュリュー枢機卿の見せ場は何と言っても2幕の「我を信じよ!」(Glaubt mir!)。ロックな枢機卿のナンバーはTecklenburgではカットされていたので、この歌が始まったときは不意を突かれました(笑)。歌も振付も意外性満載なこのナンバー、どうやら山口さん自身も楽しんでおられるようで、2日目は更にパワーアップしている気がしました(笑)。
上で触れなかったナンバーについても感想を。ダルタニャンと友人達との最初のナンバー「今日がその日」(Heut ist der Tag)は、全員が正面を向いて同じ振付で踊る姿が宝塚のようでした。個人的にはダンスよりももっと芝居的な流れで見せて欲しかったです。「帰ってきたミレディ」(Milady ist zurück)はドラマチックなメロディーが印象的で、個人的にお気に入りのナンバーです。胸一杯にリラの香りを吸い込む冒頭は、せっかくなのでもう少しゆっくり味わってもいいかも。コンスタンス、アンヌ王妃、ミレディの三重唱「愛こそが命」(Wer kann schon ohne Liebe sein?)、全く境遇の違う女性3人ですが、全てを投げ出しても真実の愛を得たいという思いは共通しています。女性のこうした美しい三重唱、なかなか聴けない気がしました。2幕冒頭の「海を渡れ」(Die Überfahrt)では、船のセットがバラバラになり、あちこち移動していく様に緊迫したコーラスが重なって迫力がありました。嵐の海にしては照明はややシンプルな気がしましたが、節電のためでしょうか? リシュリューの「我が心 氷にあらず」(Nicht aus Stein)は音楽的にも内容的にもかなり難しいナンバー。神の教えを守るためには戦争も辞さない冷酷な枢機卿としての顔と、神から与えられた重責に押しつぶされそうになる心弱い人間の顔を、歌と演出の両方で表現しなければなりませんが、正直クリスチャンでない日本人には、宗教絡みの内容を説得力をもって表現するのは難しいと思ってしまいました。アトスとミレディの思いが絡み合う「あの夏はどこに」(Wo ist der Sommer?)、元々はミレディのソロ曲でしたが、後にアトスとのデュエットに変わったこの曲も、好きなナンバーの一つです。ミレディの最後、東宝版では塔から飛び降りるオリジナル演出を踏襲していますが、Tecklenburgではアトスが手にした短刀にミレディが自ら身体を預けるという、大変女子のツボに入る演出でした。
オーケストラは20人編成だそう。人数が少ないと音が痩せて聞こえてしまうので、最低でもこのくらいの人数はキープして下さい! ちなみにドイツ語版CDのブックレットには、オーケストラメンバーは37名載っていました。
竜真知子さんの歌詞は今回も素晴らしかったです。外国語の歌詞を日本語にすると、字数の関係で元の意味の3分の1程度しか表せないと言いますが、竜さんの訳詞には原詞のエッセンスがぎゅっと詰まっています! 特にアトスが歌う「クリスタルの天使」は、選び抜かれた一つ一つの言葉が、胸に刺さるクリスタルの破片のような鋭さを帯びていました。
「三銃士」の見せ場である殺陣は、全体的にはかなり頑張っていたと思いました。暑い中、ハードな練習を積んできた役者さん達は、さぞ大変だったことでしょう。気になったのは出演者の技量よりも、むしろ振付。殺陣のシーンの音楽は、各キャラのテーマがさりげなく散りばめられているので、「このメロディーならこのキャラの見せ場が来るはず」と予想しつつ観ていたのですが、シークエンスによってはメインになるキャラと流れている音楽が微妙に食い違っている気がしました。また皆が動き回ってどこを見ればいいかが分からなくなったり、逆に見せ場を演じているはずの動きの中に、不自然に止まってしまう部分が目につくこともありました。各キャラの見せ場になる動きの後に、観客から自然と拍手が湧き起こるような、そんな迫力ある殺陣に進化することを期待しています!
舞台美術は昨今流行の映像多用系ではなく、ちゃんとセットが作られていたのは良かったです。ただ芝居のシーンの馬をかたどった舞台装置や王妃の部屋の鏡のセットは、テーマパークを思わせるおもちゃのような質感が気になってしまいました。巨大な三本の剣を船のマストや塔の一部に見立てるアイデアは、やや微妙ながらもそれなりに面白かったです。
衣装は芸人達以外は基本的に少ない色でシックにまとめられていました。パンフレットの三銃士の茶系の衣装、色はシンプルでも作りが凝っていて素敵です。今回のパンフレットの写真は、主要キャラの今にも抜け出してきそうな動きのあるポーズが、どれもとてもいいです! 「三銃士」の躍動感に満ちた世界が伝わってきて、舞台への期待を高めてくれます!
初日のカーテンコールには演出の山田氏とオリジナル脚本を手がけたAndré Breedland氏が登場し、スタンディングオベーションで讃えられていました。2日目は三銃士の面々から楽しいご挨拶がありました。出番前に常にポルトスの岸祐二さんに「次何の場面だっけ?」と尋ねるというアラミスの石井一孝さん、そろそろ馴染んでこられたでしょうか? 人生で一番暑い舞台と仰っていた橋本さとしさん、汗と暑さに負けず熱い舞台を作り上げて下さい!
夏に相応しい元気で楽しい冒険活劇「三銃士」、是非劇場に足を運んでご覧下さい。お薦めです!
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