2006年11月の『マリー・アントワネット』(Marie Antoinette)から8年、待望のKunze/Levay御大コンビの新作ミュージカル『レディ・ベス』(Lady Bess)が再びここ日本で世界初演の幕を開けました。2014年4月13日の初日とそれに先立つプレビュー2公演(4月11日、12日)を東京・帝国劇場で観劇しました。内容に触れた部分があるので、ここから先を読まれる方はお気をつけ下さい。
物語の舞台は16世紀イングランド。イングランドの黄金時代を築き、スペイン無敵艦隊に勝利を収めたことで知られる女王エリザベス1世(レディ・ベス)が、25歳で即位するまでの5年間が描かれます。ヘンリー8世の2番目の妻で、不義密通の疑いをかけられ斬首されたアン・ブーリンを母に持つレディ・ベスは、ヘンリー8世の最初の妻の娘でイングランド女王である姉メアリーから、母親を追い出した愛人の子として憎まれています。カトリック国であるスペイン出身の母と同じく熱烈なカトリック信者のメアリーは、最初の妻との離婚を成立させるためにカトリック教会から離脱し、イングランド国教会を打ち立てたヘンリー8世の路線とは反対に、プロテスタント信者を迫害し、ブラッディー・メアリーと呼ばれ恐れられていました。プロテスタントを信仰するベスは、メアリーにとっては宗教上の敵でもあり、国内のプロテスタントによる反乱の首謀者とされたベスは、一時は処刑された母と同じくロンドン塔に幽閉され、死の恐怖にさらされることになります。やがて証拠不十分によりロンドン塔から出されるも、更に不自由な軟禁生活が続きます。一方姉メアリーは10歳以上年下のスペイン皇太子フェリペ(後のフェリペ2世)を夫に迎えて世継ぎの誕生を期待するものの、想像妊娠であったことが判明し、夫フェリペはスペインに帰国してしまいます。ほどなくしてメアリーは癌により生涯を終え、レディ・ベスがエリザベス1世として王座に就くことになります。こうした一連の歴史上の事実を背景に、『レディ・ベス』では結婚による外交政策が重要視されていた時代にあって生涯独身を貫き、処女王(The Virgin Queen)と呼ばれたエリザベス1世の若き日の恋物語が展開されていきます。
主人公が歴史上実在した人物であり、物語の流れも当時の歴史的事実を踏まえているとはいえ、内容はかなり創作的です。レディ・ベスの恋人となる流れ者の吟遊詩人ロビン・ブレイクは架空の人物。”Elisabeth”のDer Todが詩人ハインリッヒ・ハイネをイメージしているように、当初はエリザベス1世の同時代人であるウィリアム・シェイクスピアの若い頃のようなキャラクターだったのが、改訂を重ねるにつれミック・ジャガーやボブ・ディランのようになったそうで、60・70年代に青春時代を過ごした御大達自身が投影されたのではないかと演出の小池修一郎氏に指摘されたそうです。個人的にはもっと歴史寄りな内容で、政治的・宗教的に困難な時代を乗り越えて立派な女王になる過程がメインで、恋愛部分はスパイスなのかと思っていましたが、実際はかなり恋愛部分の比重が高いストーリーでした。反乱や処刑が日常茶飯事のような血塗られた時代を背景にしているとはいえ、『レディ・ベス』には”Elisabeth”や”MOZART!”を支配する影、皮肉や退廃、生と死の対立といった暗さは感じられません。むしろ”Rebecca”のIch(わたし)が幼さの抜けない若妻から、愛する人を守るために強い女性へと変化を遂げる様と、ロビンとの恋愛を経て少女から女王へと成長するレディ・ベスの姿が重なりました。恋愛要素が強い分、宝塚や少女漫画の世界に近く、日本の観客に受け入れられ易い作りでした。Kunze/Levay作品の持つ重厚さやある種の毒気を期待していたファンにはやや深みに欠けると思われるかもしれませんが、歴史を素材にした物語としては上手くまとまっていました。登場人物も冷酷な女王メアリーや、女好きで軽いように見えて実は頭の切れるスペイン皇太子フェリペ、ベスを目の敵にしているスペイン大使シモン・ルナールにメアリー女王の大法官ガーディナー、そしてレディ・ベスの数少ない味方である家庭教師のロジャー・アスカムに養育係のキャット・アシュリー夫人と、個性的なキャラクターが揃っています。
客席に入場するやいなや、降るような星空に浮かぶ黄道十二宮を描いた巨大なリングと天文時計を模した傾斜のついた盆、そしてその上に置かれた金色の天球儀が目に飛び込んできました。Wien(ウィーン)版”MOZART!”の譜面が描かれた鍵盤状の床板が螺旋状にせり上がる盆や、”Elisabeth”の舞台空間を斜めに横切るやすりと複雑な動きを見せる分割盆に通じる個性的な舞台装置の美しさに一気に魅了されました。リングの内側に映し出される森やロンドン塔等の背景映像が、舞台に自然な奥行きを与えています。舞台の両袖には石造りの重厚な建物が聳えています。森や庭園の場面では鬱蒼と生い茂る木々や茂みが、宮廷の場面では天井のアーチを支える何本もの柱が天井から降りてきます。背景が暗いことが多かった今までのKunze/Levay作品に比べると、全体的に明るい舞台だと感じました。冒頭、ベスの家庭教師で天文学者のロジャー・アスカムがヘンリー8世とその妻達の運命を物語る場面では、色とりどりのモザイクの破片のような光が床全体に渦を描くように散りばめられ、ステンドグラスを見ているような印象を受けました。またベスの排斥をもくろむスペイン大使シモン・ルナールとメアリー女王の大法官ガーディナーの密談場面で、本音をむき出しにしたルナールが「あの女は消せ!」と声を張り上げるのに合わせて赤を基調にした激しいライティングに変化した様も印象的でした。反対に亡霊となって現れるベスの母アン・ブーリンの登場場面では、照明が落とされた中ゆっくりと前進するアンと共に、舞台から客席に向かって闇がひたひたと押し寄せるかのように感じました。
衣装の豪華さは特筆物。細部までこだわりのあるデザインの美しさ、多彩であっても品のある色使い、一つ一つが芸術作品のようです。ベスの衣装に使われているピンクや水色はともすれば安っぽくなりがちな難しい色ですが、地模様で微妙な陰影がついて、落ち着きのある仕上がりになっています。ロビンの革の質感と濃淡が利いた青緑色の衣装やフェリペの極彩色の提灯ブルマ(笑)とタイツ、肖像画から抜け出たかのようなアン・ブーリンの暗紅色のドレス、どれをとっても見とれてしまう美しさ! メアリーとフェリペの結婚式では、黒・金・赤を基調にした参列者の衣装が、ベラスケスの絵画から抜け出たかのようでした。女性のドレスの中央部分に絵画があしらわれた布地が使われていたのもお洒落。衣装デザインの生澤美子氏は、あの紅白歌合戦の小林幸子さんの衣装をデザインされていた方だそうです。
プレビュー初日は、ロビンの『俺は流れ者』やベスの『秘めた想い』といったイベント動画で聴いていた曲以外は、メロディーが複雑であまり耳に残らないと思いましたが、プレビュー2日目終了後はロジャー・アスカムの幕開けの歌やアン・ブーリン、メアリー、フェリペ等の曲のハイライト部分が交代で頭の中に流れるようになり、観劇3日目となった初日の後は、更に思い出せるメロディーの数が増えていました。Levay御大の音楽はいつの間にか耳に入り込んで馴染む気がします。音楽的には直近の作品である”Marie Antoinette”を彷彿とさせるメロディーが多かったように思います。一部”Rebecca”を思い起こす箇所もありました。”3 Musketiere”(三銃士)でリシュリューが戦場で歌う『我を信じよ』を彷彿とさせる『悪魔と踊らないで』では、シャウトするメアリー女王にびっくり。ケルト音楽の要素が入ったコーラスは、いつものLevay御大とは違う目新しさを感じました。プレビュー初日ではアスカムのプロローグやルナールとガーディナーの『ベスを消せ』等、もう少しテンポを上げた方がいいのではと思いましたが、修正がなされたのか自分が慣れたのか、段々気にならなくなってきました。”Marie Antoinette”でも感じましたが、やや軽めの曲調の時にキーボードの電子音がちょっと気になりました。プレビュー2公演と初日の違いを探そうと思って見ていたわけではなかったので、具体的にどう修正されたかは分かりませんが、プレビュー初日よりも本公演初日の方が音楽がスムーズに流れたように思いました。
歌詞は歴史物ゆえ説明的になるのは避けがたいのかもしれませんが、個人的にはもう少し情感のある詩的な歌詞を期待したいところでした。理想はコンサートで独立して歌っても違和感のない、力強く世界観のある歌詞だと思うのです。今回歌詞を手がけたのは演出の小池氏。私としては”Elisabeth”や”MOZART!”の日本語の歌詞がもう一つしっくり来なかったので、”Tanz der Vampire”や”Marie Antoinette”の竜真知子氏にご登場願いたかったです。是非とも原語テキストを読んでみたいところですが、Kunze御大に直接伺ったところ、残念ながら今のところ脚本の発売予定はないそうです。脚本は英語で書かれているので、もし出版するとしたら英語になるでしょうとのことでした。日本のファンだけでなく、世界のファンのためにも是非世に出して欲しいものです。
世界初演作品とあって、キャストも日本ミュージカル界の華が集結しています。Wキャストのレディ・ベス、平野綾さんはベスの実年齢に近いキャスティング。普段の可愛らしい話し声からは想像出来ない迫力ある歌声に、逆境に負けず誇りを持って力強く生きていこうとする意志の強さを感じました。少女から女王へと成長するベスの変化に、どんどん気持ちが引き込まれていきました。もう一人のベス、花總まりさんは宝塚の初代エリザベート!! さすが長年娘役を演じておられただけあって、溢れんばかりの王女の気品が漂っていました。ドレスの着こなしもさすが、ドレス部分のボリュームが一回り大きく感じられたのは気のせいでしょうか? ロビン・ブレイクの山崎育三郎さん、さすがの歌唱力で聞かせてくれました。『誰でも歌える』の中で様々な歌い方を披露する部分、次々とよくあれだけ切り替えられるものです! 男装したベスに振る舞い方を教える場面では、平野さんとの掛け合いが楽しかったです。プレビュー初日ではチャラ男度が非常に高かったですが(笑)、初日の方は少し落ち着いていた気がしました。加藤和樹さんのロビンは、仲間達とつるんでいる時でもちょっと大人な雰囲気を漂わせるお兄さん的な感じ。Levay御大の難曲を歌いこなす歌唱力だけでなく、ニュアンスのある細やかな演技にも惹きつけられました。レディ・ベスの異母姉メアリー・チューダーもWキャスト。『ロミオとジュリエット』の乳母役が大変印象的だった未来優希さん、女官達とベスを威圧する『悪魔と踊らないで』は、Levay御大が手がけたとは思えないほどロックで大胆な曲。圧倒的な迫力あるシャウトがいつまでも耳に残っています。吉沢梨絵さんのメアリーは冷たさが前面に出ていましたが、フェリペの肖像画を見て若い男性との結婚にちょっとうきうきする可愛さや、ベスとのデュエットで見せる孤独な女性の姿が心に残りました。Wキャストのフェリペは平方元基さんと古川雄大さん。陽気で軽い平方さん、妖しく美しい古川さんと、全くタイプの違うフェリペを堪能しました。メアリーの夫となるフェリペは当初想像していたよりもずっと重要な役で、見せ場も多く、カーテンコールでメインキャストの最初に登場するのが不思議なくらいです。登場シーンからびっくりさせられ、派手な衣装やベスの窮地を救う美味しい役どころにも魅せられました。一緒に観劇した友人達もフェリペ押しでした。きっと毎日フェリペファンが増産されていることでしょう!
アン・ブーリン役の和音美桜さんの素晴らしい歌声には以前から魅了されていましたが、今回のアン・ブーリンは物凄い存在感! 少しエコーがかかった歌声が劇場空間一杯に広がると、全身全霊を彼女の歌声に委ねてしまいたくなります。私がLevay御大なら、和音さんのために曲を書き下ろしたいくらいです(笑)。まるで肖像画から抜け出たかのような真紅のドレス姿も大変お似合いでした。シモン・ルナールの吉野圭吾さん、毛皮をあしらった衣装が大変よくお似合いでした。歌舞伎者な主人のフェリペとは対照的な、権謀術数に長けた冷たい男のイメージ。本音を歌い上げる『ベスを消せ』は声量もあって迫力満点。たまにやや怒鳴り声っぽくなってしまうのがちょっと残念。個人的にはルナールはクールなイメージを通して欲しいので、シリアスなシーンで観客の笑いを誘ってしまう演技は避けた方がいいと思いました。ガーディナーの石川禅さんは、今回は歌が少ない分、演技で見せてくれます。ベスを暗殺しようと毒を塗ったグラスを用意するも、途中で現れたフェリペによって逆に自分が窮地に陥ってしまうくだりでは、ガーディナーのうろたえぶりが非常に細やかに表現されていて、次はどうなるのだろうと非常に引き込まれました。
ベスの家庭教師を務めるロジャー・アスカムは、山口祐一郎さんと石丸幹二さんのWキャスト。物語の冒頭で、満天の星空と天文時計が醸し出す神秘的な雰囲気に山口さんの壮大な声の響きが加わると、客席までもが宇宙空間の一部となって物語に引き寄せられる思いがしました。石丸さんのアスカムは、知的で物静かな学者らしい語り口が印象的。ヘンリー8世と妻達のエピソードを語る声には、講義を受けているような気分になりました。アスカムというキャラクター自体は、『レディ・ベス』の中ではそれほど大きな役として描かれていないので、山口さん、石丸さんというミュージカル界の巨人をこの役に当てるのは勿体ないというか、ある意味非常に贅沢だと思います。同じことはキャット・アシュリー役の涼風真世さんにも当てはまります。キャットのソロナンバー『大人になるまでに』は、Kunze御大の歌詞が良かったので、すぐ曲想が浮かんだとLevay御大が仰っている自信作のようですが、個人的には歌詞がもう一つ説明的な気がしました。サビのメロディーは耳に残りましたが、”MOZART!”の”Gold von den Sternen”(星から降る金)のような、心に残るナンバーになるには何かが足りないように思えました。
『レディ・ベス』、東京公演の後も大阪・梅田芸術劇場(2014年7月19日~8月3日)、福岡・博多座(2014年8月10日~9月7日)、名古屋・中日劇場(2014年9月13日~24日)と続きます。美しい音楽、壮大な物語、目を見張る美術や衣装を、生ならでの迫力で是非体験して下さい!
とても詳しい観劇記をありがとうございます!!
Elisabethファンとしては、Kunze/Levayコンビのミュージカルには興味があるので、観劇したいと思っているところです(帝劇チケットゲットしましたが、はずせない予定が入ったので探しているところ・・・)。
こちらを拝見して、やはり観劇しなくてはという思いを新たにしました。
ストーリーも音楽もお衣装も凝ってるようなので、とても楽しみです!!!
Naokoさん、『レディ・ベス』はもうご覧になりましたか? 旅行に出てしまったので最近の評判はチェックしていないのですが、私の周りでは概ね好評なようです。ドイツの友人達も興味津々、CDが出るのかと聞かれましたが、こちらは7月に発売が決まりましたね。今回の旅行を経て、改めて日本のプロダクションの美術と衣装のレベルの高さを実感しました。Kunze/Levay御大の新作を日本の観客だけで観ているのは勿体ないことです。海外から観劇目的の来日が増えるよう、チケットを英語で買えるようにしたり、パンフレットにあらすじの英訳を載せる等、制作側にも是非世界を視野に入れた展開を検討して頂きたいところです。