2017年3月から4月のドイツ・オーストリア観劇旅行、2日目はオーストリア・Innsbruck(インスブルック)のTiroler Landestheaterで”Nostradamus“(ノストラダムス)を観ました。オーストリア初演となる本作は、タイトルロールをUwe Krögerが演じることが目玉になっており、パンフレットの表紙にもUweのポートレートが載っていました。
午前中霧雨が降り肌寒かったドイツ・München(ミュンヘン)からInnsbruckまでは電車で1時間40分。すっきり晴天というわけにはいきませんでしたが、雲の合間からは青空が見え、日中の気温は上着なしでも歩ける暖かさまで上昇しました。
Tiroler LandestheaterはInnsbruck Hbf(インスブルック中央駅)から徒歩15分、観光の見所になる旧市街を抜けた先にあります。同じ通り沿いの目と鼻の先にある会議場で、Maya Hakvoort、Mark Seibert、Marjan Shaki、Lukas Perman出演のコンサート”4 Voices of Musical“を2014年5月に観ました。
Nostradamus
2017年3月24日(金)19:30
Michel de Notredame, genannt Nostradamus, Arzt und Astrologie(ミシェル・ド・ノートルダム、後のノストラダムス、医師にして占星術師): Uwe Kröger
Heinrich II., König von Frankreich(フランス国王アンリ2世): Florian Stern
Katharina von Medici, seine Gemahlin(その妻カトリーヌ・ド・メディシス): Astrid Vosberg
Henriette Marie, Erste Ehefrau des Nostradamus(アンリエット・マリー、ノストラダムスの最初の妻): Adrienn Cunka
Anna Ponsard, Zweite Ehefrau des Nostradamus(アンヌ・ポンサルド、ノストラダムスの二番目の妻): Adrienn Cunka
Der Inquisitor von Lyon(リヨンの異端審問官): Johannes Maria Wimmer
Jules Scaliger, Gelehrter(ジュール・スカリジェ、学者): Dale Albright
Gianna, Kammerfrau der Königin(ジャンナ、王妃の女官): Diana Selma Krauss
Diane de Poitiers, Favoritin des Königs(ディアーヌ・ド・ポワチエ、国王の愛人): Renate Fankhauser
Graf Montgomery(モンゴムリ伯): Lukas Thurnwalder
César, Nostradamus’ Sohn(セザール、ノストラダムスの息子): Lukas Thurnwalder
Drei Mönche(3人の僧侶): Michael Gann, William Tyler Clark, Jannis Dervenis
観光客や安い席目当ての学生の姿も多い都会の劇場に比べると、地方の公立劇場は主に地元の住民が非日常を楽しみにやってくる場所という印象があります。Tiroler Landestheaterのお客さんは正装率が非常に高く、殆どがお洒落着でした。背中が開いた裾の長いドレス姿の女性も見かけました。何となく予感があったのでワンピースを着ていって正解でした。
客席は日本式の4階まであり、舞台の天井が高い作り。舞台面も高い位置にあるので、前方席は首が痛くなること必至。加えてオーケストラの人数が多く、オケの大音量にかき消されて歌詞が聞き取れないという問題発生。最前列に座っていたドイツ人Uweファンの女性が、コーラスは聞き取れない箇所が相当あり、発音が明瞭で聞き取りやすいことで知られるUweの台詞でさえ分からない部分があったと言うのを聞いて、ネイティブでも分からないなら聞き取れなくても当然だったと後で自分を慰めました・・・。初見の話というハードルの高さに加えて、宗教や歴史関係の単語が多く登場したことも、理解が難しくなった原因の一つだったと思います。何処かで聞いたような覚えがあっても、普段の会話で使わない単語はとっさには思い出せないものです。
以下パンフレット掲載の粗筋をご紹介します。
舞台は16世紀のフランス。Agen(アジャン)の街ではペストが猛威を振るい、医師Michel de Notredame(ミシェル・ド・ノートルダム、後のNostradamus、ノストラダムス)は病気の感染を防ごうと薬を用いて実験を試みます。彼は多くの人の命を救い、英雄として讃えられます。しかし彼の最初の妻Henriette Marie(アンリエット・マリー)と二人の子供はペストに感染し、命を落としてしまいます。己の運命に絶望するMichel。彼の父親的な存在の友人Jules Scaliger(ジュール・スカリジェ)だけが彼の生きる意志を奮い起こさせ、優れた医師であり教師としての彼の未来を予言します。
数年後、Lyon(リヨン)で医師としてだけでなく予言者としても世間の話題になっているある学者からの書状が異端審問官に届きます。名前をラテン語風にNostradamusと変えたMichelが発表した最初の予言集には、教会の終焉が予言されていました。異端審問官は異端者の容疑でNostradamusの逮捕を命じます。
NostradamusはProvence(プロヴァンス)で二番目の妻Anna Ponsard(アンヌ・ポンサルド)と共に薬局を経営し、多くの占星術図を著します。彼の遠見の能力と規則的に蘇る光景は、彼の人生をより一層決定づけていきます。Scaligerは友人をいかさま師と見なし、彼に背を向けます。その直後、Michelの元に異端審問法廷から召喚状が届きます。
ドメニコ派の修道院に囚われたNostradamusは異端審問官の手で拷問にかけられ、魔法を操り悪魔崇拝者であるとの告白を強要されます。しかし彼は容疑を否認し、自分の能力は神に与えられたものだと主張します。判決が下される直前、フランス王妃Katharina di Medici(カトリーヌ・ド・メディシス)が裁判を中断させ、被告を城に連れて行きます。
宮廷でNostradamusは王妃の取り巻き達に好奇の目で見られます。彼の陰鬱な予言は聞く者に不安と動揺をもたらしました。王妃が彼を高く評価する一方で、国王Heinrich II.(ドイツ語ではハインリヒ2世、フランス語ではアンリ2世)は彼に感銘を受けるどころか嘲笑します。Nostradamusはパリを離れます。
Nostradamusはプロヴァンスで更に予言を公開します。その中には君主に近いうちに死が訪れるとの内容も含まれていました。全ての警告を無視してGraf Montgomery(モンゴムリ伯)との馬上試合に臨んだ国王は瀕死の重傷を負い、Nostradamusの名前はフランス全土に轟いたのでした。
予言者及び占星術師としての使命を果たそうとするNostradamusを、かつての友人Scaligerは思いとどまらせようと今一度試みますが、徒労に終わります。Nostradamusは神から与えられた使命に身を捧げ、全ての警告を聞き流します。かつての庇護者との間の友情は決定的に壊れてしまいます。
重傷を負いルーブル宮殿で臥せっていたHeinrich II.は、結局助かりませんでした。Katharinaはまだ成年に達していない王位継承者の摂政になると、直ちにNostradamusを助言者としてパリに呼び戻します。王妃は彼の助力を得て自身の権力を確かなものにしようと考えたのでした。
Katharinaは宮殿の一角に錬金術の実験室を作らせ、Nostradamusに秘術を教えるよう迫ります。しかし彼は自分にその能力があるとは思えませんでした。
一方リヨンの異端審問官はNostradamusの旧友Scaligerの協力を得て、予言者Nostradamusへの陰謀を企てていました。異端審問官は家族の命と引き換えに、Nostradamusに宮廷から再び退出するように迫ります。やむなくNostradamusは今は摂政となったKatharinaに暇乞いをするのでした。
Scaligerの煽動文書によって誹謗中傷され、教会からは破門され、迫害を受けたNostradamusは年老い、落ちぶれてしまいます。戦争と災害の悲惨な未来図が彼を襲う中、Nostradamusは自分の超自然的な力を呪い、無気力に陥ってしまいます。彼を再び重用しようと訪れた王妃Katharinaでさえも、Nostradamusの生きる気力を呼び戻すことは出来ませんでした。最後の予言を口にしながらNostradamusは息を引き取ります。
とにかく長丁場の舞台で、1幕終了時点で既に90分経過! 休憩込みでカーテンコール終了まで3時間10分ほどかかりました。音楽はコーラスナンバーが多く、フルオーケストラが奏でるメロディーは重層的でオペラを思わせる作り。ただドラマティックな合唱がずっと続くとなると、やや食傷気味。全編にわたってシリアスなモードで、音楽的に抜きの部分がないので、聴くのにも力がいります。更に聞き取れない時間が長く続くと意識が飛びそうになりました・・・。
公立劇場の作品の場合、アンサンブルは座付きの歌手達であることが多く、ミュージカルだけでなくオペラやクラシック音楽を日々歌っているので、出演者は総じてレベル高し。そんな中でUweは決して物凄く上手く歌っている訳ではありませんが、演技力と存在感の総合力で観客を惹きつける魅力はさすがでした。長髪と髭のUweは何故か妙な色気があり、目がきらきら光っている感満載。磔にされ鞭打たれたり、王に喉元に剣を突きつけられて脅される姿もなかなか色っぽかったです。かと思うと最後の老人姿は全ての生命力を振り絞った後のような枯れ方で、ベッドから転がり落ちるようなぼろぼろの姿には悲哀を感じさせられました。
王妃Katharina役のAstrid Vosbergは貫禄たっぷりにNostradamusの庇護者を演じていました。ミュージカルからオペレッタやオペラまで幅広く出演しているそうで、声も存在感もなかなか。Uweが出ない場面では陰の主役かと思うほど目立っていました。
衣装は中世の肖像画から抜け出たような正統派のデザインで、なかなか豪華な感じ。額縁と階段が舞台の奥に向かって交互に並ぶ作りの舞台は、鏡の中で無限に続く虚像を連想させます。暗黒の時代に現れた予言者Nostradamusの生涯を語るに相応しい神秘的な雰囲気を醸し出していました。物理的なセットは少なく、映像で見せる仕組み。数少ない大道具の中では、異端のかどでNostradamusが拷問を受ける磔のセットや、剣の試合で重傷を負った王が2幕の冒頭で横たわっている金色のカバーが掛かったベッドが印象に残りました。
期待したわりには個人的にはあまり面白いと思えなかった”Nostradamus”ですが、観客の反応は大変良く、カーテンコールはスタンディングオベーションの中、盛り上がっていました。もっと細部が分かれば楽しめたのかもと思いましたが、最前列で見ていたUweファンも「今回で2回目の観劇だけれど、何処が面白いのかやはりよく分からなかった」と言っていました。更にFacebookで「この作品の何処が魅力なのか分からなかった」と漏らしたところ、既に観劇済みのUweファンの友人から「自分も何処が魅力かよく分からなかった」と意外な反応がありました。
この物足りなさの原因は何なのかをつらつら考えてみたところ、結局の所物語はNostradamusの生涯を時系列に従って追っているだけで、何がテーマなのかがよく分からなかったことにあるように思います。王や教会の反感を買いつつも、自分が見た未来を予言書を通じて大衆に知らしめることを使命と感じていたと言えば聞こえはいいのですが、敵を増やしいかさま師呼ばわりされた事実を凌駕するほどの価値が彼の予言にあったのかというと、現代人の目からは甚だ疑わしく見えてしまいます。「同時代人には殆ど理解されなかった不遇の偉大な予言者Nostradamus」を題材に、何のてらいもなく真っ正面から歴史が語られるスタイルは、表面上はドラマティックではあるものの、1999年7月に恐怖の大王が降ってこなかったことを知っている身としては、Nostradamusを真面目に高評価する根拠が見いだせませんでした。また家族の命を盾に宮廷を追われるにしては、Nostradamusと二人の妻や息子との関係が表面的な描かれ方で終わっているように感じました。いっそファンタジーに徹して「悪魔に魂を売ったおかげで予知能力を手に入れた」とでもしてくれれば、娯楽作品として受け入れやすかったかもしれません。
Tiroler LandestheaterのFacebookページに舞台映像とUweのインタビューからなるニュース映像が掲載されています。世界初演バージョンから3曲加わったにもかかわらず、上演時間は短縮されたと語る監督。あの長さでも短縮版だったとは!
このインタビューの中でUwe自身がNostradamusのような能力を持ったルーマニア出身の女性の友人を持っていると触れていますが、初日直前の2016年12月14日付けの地元紙Tiroler Landeszeitungに掲載されたUweのインタビュー記事に、より具体的な逸話が紹介されています。Uweは自身を現実的な人間だと思っていると同時に、様々な事象を感じたり見ることが出来る人々が存在することも確信しているそうです。彼の非常に親しい友人の中に霊媒師がおり、彼女がUweに対して予言したことで実際に起こったことが幾つかあるとのこと。例えば数年前にある役を得るために日本での出演を断るようにと助言されたそう。その役では長靴を履くことになるだろうと言われたUwe。その直後に”Der Besuch der altern Dame“(貴婦人の訪問)の出演依頼があり、作品紹介の場で各場面でゴム長靴を履くことを知ったそうです。ここで断ったと述べているのは2013年7月の『ウィーン・ミュージカル・コンサート II』に違いありません。以前からUweの出演が噂されていたので、同年1月のBerlin(ベルリン)でのコンサート直後のサイン会で「来日されるのですよね?」と尋ねたところ、”Ja!”と肯定の返事があったのですが、実際には出演者リストに名前が載ることはなく、同年夏にスイス・Thun(トゥーン)の湖上劇場でPia Douwesと”Der Besuch der altern Dame”に出演することが発表されたのでした。この公演では出演者全員がゴム長靴を履く演出になっていました。コミカルな演技の達人とはいえ、根は真面目なUweがここまで話を盛るとは考えにくいですが、果たして彼の友人は本当に特別な能力の持ち主なのでしょうか・・・?
“Nostradamus”は2017年6月4日及び7月1日に追加公演が決定しています。Tiroler Landestheaterの2017/2018年の公演スケジュールには掲載されていないので、翌シーズンの再演はないと思われます。私が観劇した日は客席後方にカメラが入っていましたが、恐らく記録用映像の撮影だったのでしょう。2017年5月5日に“Nostradamus”2枚組ライブ録音CDが発売されました。例の長い1幕は1枚目に収まりきらず、2枚目の4曲目から2幕が始まる変則的な作りになっています。曲名の日本語は暫定訳です。
Nostradamus
CD 1
1. Ouvertüre Teil 1(第1部序曲)
2. Der Schwarze Tod(黒い死)
3. Kämpft Um Euer Leben – Prophezeiung 1(生きるために戦え、第1の予言)
4. Endlose Nacht(終わりのない夜)
5. Neues Glück(新しい幸福)
6. Ich Will Davon Nichts Hören(そんなことは聞きたくない)
7. Schwalbenwurz Und Zuckerbrot / Prophezeiung 2(薬草と砂糖パン、第2の予言)
8. Gott, Wenn Es Dich Gibt(主よ、おわしますなら)
9. Das Inquisitionsgericht – Prophezeiung 3(異端審問法廷、第3の予言)
10. Solch Einen Mann – Prophezeiung 4 / Fanfare(何て男だ、第4の予言、ファンファーレ)
11. Monsieur De Notredame(ムッシュー・ド・ノートルダム)
12. Rauschende Feste(陽気な祭り)
CD 2
1. Du Schlägst Die Warnung In Den Wind? / Prophezeiung 5(警告を聞き流すのか? 第5の予言)
2. Das Turnier – Trompetenklang, Trommeln(馬上槍試合、トランペットが響き、太鼓が鳴る)
3. Finale 1(第1幕フィナーレ)
4. Ouvertüre Teil 2(第2部序曲)
5. Wofür Hab’ Ich Gelebt?(何のために生きてきたのだ?)
6. Wer So Wie Du(あなたのような人が)
7. Kämpfe Um Dein Leben(生きるために戦え)
8. Monsieur De Notredame – Reprise(ムッシュー・ド・ノートルダム)
9. Ich Will Herrschen(私は支配する)
10. Alchemie, Alchemie – Fanfare(錬金術、錬金術、ファンファーレ)
11. Lass Mich Mit Deinen Augen Sehn(あなたの目で見せて)
12. Die Stunde Schlägt(時の鐘が鳴る)
13. Ich Will Herrschen – Reprise(私は支配する、リプライズ)
14. Alptraum – Prophezeiung 6(悪夢、第6の予言)
15. Alles Hat Sich Gegen Dich Verschworen / Prophezeiung 7(何もかも上手くいかなかった、第7の予言)
16. Finale 1 – Reprise(フィナーレその1、リプライズ)
17. Finale 2 – Prophezeiung 8(フィナーレその2、第8の予言)
Tiroler Landestheater
Rennweg 2, A-6020 Innsbruck
Austria
Tel: +43 512 52074
Fax: +43 512 52074 333
http://www.landestheater.at/
中央駅(Innsbruck Hbf)からTiroler Landestheaterまでは徒歩15分、タクシーで6~7分です。旧市街に泊まれば劇場は徒歩圏内です。
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